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手彫り印鑑東京国分寺天章堂|職人よりごあいさつ

一流手彫り印鑑職人|藤原秀春

印鑑を彫る印刀

はんこ一筋40年 手彫り印鑑職人のこだわりです

天章堂二代目 藤原秀春 Hideharu Fujiwara

最近では「低価格」や「速さ」のみが重視された、いわゆる「100%コンピュータ彫刻」
の激安店、もしくは、「本物」でありながら、それをあたかも「高級ブランド品」のよう
に見せ、必要以上に高価格で販売している、いわゆる「老舗」、この「どちらか以外」の
お店には、なかなかお目にかかれないように思えます。

そもそも「印鑑」とは「全ての方にとって、一生に一本、人生の大事な場面で使用される
非常に重要な物」のはずです。誤解を恐れずに言ってしまえば、それほど大事な物を扱う
お店が「ファストフード店」や「一部の人にしか入れない高級料亭」のような存在であっ
てよいはずがありません。

私には、あの小さな、たった15mmの丸い印面が、宇宙のように果てしなく、広く大きく
感じられます。その印面に、どのようにして、お客様にとって「一生に一つだけ」の印影
を刻むか、その一点のみに心血を注いでいるのです。

初志貫徹、時間の許す限りじっくりと...

時代の流れもあり、最近では「急ぎ」のご注文が多くなっております。しかし、創業より
今日まで守り続けてきた、「字入れをしてもその日は彫らず、翌日にもう一度じっくりと
見る。時間の許す限り、吟味を重ね、一本一本を大切に仕上げ、どこよりもお求めやすい
価格にてお客様にお届けする」という、いわば「印鑑に携わる者としての当然の流儀」を
決して崩すことなく、今後とも日々精進して参ります。

「本当によい品」をお求めのお客様、是非とも一度ご相談ください。三代目の不肖の息子
共々、出来うる限りお客様のご希望に添うことが出来るよう、じっくりとお話を伺わせて
いただきます。

手彫り印鑑東京国分寺天章堂|三代目藤原英作

三代目藤原英作

天章堂三代目 藤原英作 Eisaku Fujiwara

「喋らない、笑わない、仕事ばかりで全然遊んでくれない偏屈
親父」これが、幼い頃の私から見た父でした。たまに口を開け
ば「ちゃんと勉強しているか?」「人様には絶対に迷惑をかけ
るな」とにかく...お説教ばかり。正直に申しまして、遊んでも
らった記憶は全くありません(笑)。

あれから二十数年、私も一児の父となりました。今改めて思い
ます。本当に頑固でつまらない親父です(笑)。寝ても覚めて
も「はんこ、はんこ、はんこ」「ひとりひとりのお客様の人生
を預かっているのだからヘラヘラするな。」相変わらず子供扱
いです。

そんな父の跡目を継ぎ、私が出来ることは、至ってシンプル、
ひとつだけです。祖父の意志を継いだ父の意志を継ぎ、これか
らもずっと「本当によい品を、どこよりもお求めやすい価格で
お客様にご提供する。」これだけです。それがこの未熟者に
与えられた使命だからです。

今後とも天章堂をよろしくお願い致します。

手彫り印鑑東京国分寺天章堂|当店の略歴

昭和36年 北多摩郡国分寺町内藤新田にて「天晶堂」創業
昭和42年 二代目店主、藤原秀春、東京虎ノ門「三田印房」入社 三田秀泉先生に師事
昭和47年 労働省後援「印章彫刻青年技能者全国競技会」にて金賞受賞
昭和49年 屋号を「天章堂」に変更し国分寺市泉町に移転
昭和50年 宮内庁「天武天皇、持統天皇御陵之印」の彫刻に携わる
昭和51年 年賀状をはじめとする活版印刷事業に進出
昭和56年 昭和58年までの2年間「東京印章協同組合講習会」の講師を務める
昭和58年 労働省「一級技能士(木口印第七号)」合格
昭和63年 第7回「一級技能士全国技能競技大会」にて「グランプリ 労働大臣賞」受賞
平成07年 オンデマンド印刷機を導入し「小ロット、低価格印刷」を実現
平成15年 都市開発により一時移転
平成18年 都市開発終了に伴い、現在の国分寺市泉町にて営業再開
平成20年 三代目、藤原英作入社、株式会社天章堂として新たなスタート

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印章彫刻青年技能者 全国競技会 金賞印章彫刻青年技能者 全国競技会 金賞

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